線文字Bを解読した男 マイケル・ヴェントリスの生涯

アンドルー・ロビンソン 著 創元社

線文字Bとはエヴァンズがクレタ島を発掘した際に一緒に見つかった粘土板に書かれていた文字である。この粘土板は紀元前1750年から1450年ごろのものとされている。この線文字Bが古いギリシャ語の方言だったことを明らかにし解読に成功したのが、この本の主役であるマイケル・ヴェントリスである。

ヴェントリスはシャンポリオンのようなプロの言語学者ではなく、一介の建築家に過ぎなかった。ただし、アマチュアとはいっても言語の天才であり子供のころから数ヶ国語をものの数週間から数ヶ月でマスターしていた。また、大人になってからもスェーデンを訪れる前のたったの2週間でスェーデン語をマスターし、友人を仰天させたというエピソードもある。

線文字Bはロゼッタ石のような既知の言語と対比するものがなかったので、全くのゼロから類推するほかなかった。このためヴェントリスもはじめはエトルリア語だと予想していたくらいである。しかし、ヴェントリスは文字と文のパターンを注意深く分析することにより、ついに線文字Bがギリシャ語であるという結論に達する。

線文字Bはアルファベットのような音素文字ではなく、日本語のカナと同じ音節文字である。また、不思議なことにlとrの区別がない。これはアルファベットに慣れしたしんだヨーロッパ人には奇妙で信じがたいことだったが、幸い共同研究者だったチャドウィックが日本語を知っていたというエピソードは面白い。

ただ、不思議なのはどうしてこの線文字Bは絶滅してしまったのだろうか?現在のアルファベットは周知のとおり原シナイ文字、フェニキア文字の子孫にあたる。あと、文字で書き表すという着想はどこから得たのだろう。ヨーロッパ言語は音素文字で書き表す方が自然だと思うのだが、どうして音節文字を発明したのだろうか?それとも、線文字Bのプロトタイプはクレタとは別のところで、別の言語を表記するために発明され、クレタでそれを借用したのが線文字Bなのか?本当にどうやって発明したのだろう。